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社会学は「学問」なのか?

先月は,良くも悪くも社会学が騒がしかったです.

社会学をバカにするな,とか,「社会学者嫌い」が文句言っている,とか.

気になる方は以下のTogetterを御覧ください.

togetter.com

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個人的な印象や偏見で物を言うことは良くないと思うんですが,このブログは基本的にTwitterに書くには物量が多すぎるし途中でふざけるわけにいかないような問題についてのらりくらりと書いていく方針なので,独断や偏見まみれでやっていこうと思います.

 

1.社会学の「自浄力」の弱さ

まず,社会学と一般社会の対比を考えます.

我々は「今はこういう社会だから……」という感じに,「社会学」を知らない人も割と,社会について語れる「ような気」がします.

ワイドショーではコメンテーターが「現代日本では云々」と述べたり,インターネットでは「ジェンダーが差別がオタクが犯罪が」とフォロワー数が5桁くらいのライターやコラムニストが大騒ぎします.

ここに「社会学って……」と言われる所以が存在するように思われます.すなわち「誰にでも社会は語れる」ことが結構な要因なのではないかと思うのです.言うなれば「誰でも社会学者っぽく振る舞える」ことが致命的な要素に思われます.

社会学はこうした「社会学者っぽい一般人」の「社会学っぽい言論」に対して,一定の反論をするだけの資源をもっていると僕個人は考えます.しかしながら,社会学を専門とする人たちは,「社会学者っぽい一般人」の「社会学っぽい言論」に対して反論することはあまりありません.理由は,謎です.

ツイッターランド内の自然科学の分野だと,俗に言う「警察」がいて,その分野に詳しくない人が知ったかぶると「警察だ!」という感じで批判します.一方で社会学は「警察だ!」と言ってもあまり影響力はないなあという実感があります.

専門家でない人々の「知ったかぶり」を是正する専門家の力を「自浄力」と定義すると,社会学においてはこの「自浄力」が弱いことがいわゆる「トンデモ学問」と呼ばれる要因なんじゃなかろうかと,自戒の念も込めて思います.

 

2.社会学の方法論は弱い?

次に社会学内部の話をしたいと思います.と言っても僕個人社会学を勉強している最中ですので,深入りはできませんが,「たしかになあ」と僕が納得したお話をします.

上のまとめ「社会学をバカにするな」ではUncorrelated氏が社会学における「方法論」的な問題点を指摘しています.具体的には社会学における統計分析は,結果の解釈が個人のイデオロギーに依存しがちであることを,論文例を取り上げて主張しています.

僕個人としては「おっしゃる通りです……」しか言えない指摘であると思います.回帰分析の結果の解釈は社会学(連字符社会学的には計量社会学)でも盛んに議論がなされる場であり「この結果からその解釈はないんじゃない?」みたいなことはよく言われるので,はい,えっと,おっしゃる通りです……

上のまとめでは「社会学イデオロギーはない」という反論もあり「なるほど」とも思いますが,イデオロギーがそれとして認識されていればもう少しデータに忠実な解釈ができているはずなので,僕個人としては社会学者が認識しないイデオロギーや暗黙の了解が確かに存在し,問題になっているとは考えます.

 

3.で?

散々「社会学ってアレだ」って愚痴ってきましたが,タイトルに対する回答を提示しないと記事としてもアレなので結論付けると社会学は学問であると主張する力がない」という感じです.おいおい.

……兎にも角にも未熟なんだと思います.社会学の講義を受ける学生の多くはアンソニー・ギデンズを知らないし,ハーバーマスの議論も知りません.社会システム理論なんてものを講義で受けた人には会ったことがありません.

社会学が扱う現象は社会学を知らない人にも見える問題で,社会学が分析に用いる道具は自己流の解釈が伴いがちです.その自己流解釈を良しとする環境であることは学問としては大きな問題だと思います.渋谷の交差点に立つ女子高生の広告を見て「性的だ」と解釈するのも,統計分析の結果を暗黙のイデオロギーに引っ張られてきわどい解釈をするのも,この環境が問題になっているように思います.

学問である以上,社会の役に立たなくとも,人のためになる必要性を伴います.「<特定の学問>は社会の役に立たない」とはよく言われますが,人のためにならない学問は,突き詰めれば存在しないと僕は信じています.数学で自然科学の新たな分野が開拓され,歴史学で人の豊かさを理解し,哲学で生き方は変わることでしょう.

では社会学は?表現をジェンダーを理由に叩いて誰かの役に立っているでしょうか.貧困の若者を「贅沢だ」と批判して誰かを救っているでしょうか.社会学は人の役に立っているでしょうか.

僕は現状,日本においては否だと思います.社会学として認識されているものの多くは「社会に関する言論」であり,残念ながら今の社会学には政策に言及する力も,人のためになる貢献もできていないと思います.将来これが変わるといいなあとは思いますが,自戒も込めて.

 

4.最後に

独断と偏見でものを言うと最初に言ったとおり,この判断は僕が僕の観測する範囲で下したものです.もしこれを読んで,誰かが「社会学を学んだ人間としてこういうところで社会に貢献し人の役に立っている」とコメントしたなら「なるほど希望はありますね」と返せますが,「人格批判された」だの「何も知らないくせに」だのときたらそのたびに僕は「ああ,社会学弱いなあ」と思うことにします.